★★旧ブログから・・・父の死2★★

父の死から・・・4年経とうとしている・・・
2008.10.14

今日は弟と区役所や知り合いの方への挨拶廻りをした。 
社会事務所の混雑振りには驚き\(◎o◎)/!30人待ちで2時間! 
殆んど、年金の確認の人達。そうだ!私の所にも来てたっけ~内容を確認もしてないなぁ・・・(^_^;) 
 
実家に泊まっていた叔母が昨日1人帰り、今日は叔父夫婦2人が帰り、今夜から弟は1人(家がもっと近かったらいいんだけど・・・) 
 
           湯灌の義 
13日15時から「湯棺の義」が行われた。和室に屏風が持ち込まれ父を隠し、私達の目の前には敷物が敷かれ上にはバスタブが運ばれた。 
窓からホースを這わせシャワーの用意「用意をするまでに10分程掛かりますので寛いでいて下さい」と言われ・・・・ 
わざとらしく見て見ぬ振りをしながら談笑していた(;一_一) 




 
父がバスタブのネットの上に寝かされ、儀式が始まった 
近親者3人が順番に 指示通りにお湯を足元から首までかける。 
 

2人の優しそうな湯灌師さんが、1人は頭を洗ってくれて、床屋さんの様に 
顔をタオルで包み泡を付けて髭剃りをしてくれた。 
 
もう1人は石鹸で綺麗に足を洗い揉んでくれている。 
何とも優しい顔で。感謝です・・・とても気持ち良さそうな父(^.^) 
 
順番にタオルで顔か足を拭かせてもらえる。私は足をそっと優しく拭いた。 
皆、拭きながら「男っぷりがあがったよ~♪」「目ぇ~開けれ~」と 
思い思いの言葉を投げかけ、皆でワイワイと(^^ゞ 
 
その後は10分間又屏風の裏で何やら始まり・・・ 
目隠しの屏風が外された時には、白装束の衣装に変りうっすらと 
化粧もされていた。 
本当に感謝です。綺麗になって気持ちが良く旅たつことが出来るんだもの 
 
 
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2008. 10. 15. Wed
この1週間を思い出して・・・(-_-;)
父の葬儀が終わった。親戚みんなと離れてやっと ゆっくりと父の事を 
思い出すことが出来る 
何故父が死んでしまったのかこの1週間を振り返り書き留めて置こうと思う 
 
10月8日(水)映画「おくりびと」を見て友人と別れ、弟と待ち合わせて病院へ。父が一般病棟の病室にて40度の高熱をだして震えていた。 
でも、話せるし「心配するな!気を付けて帰れよ」と 
 
10月9日(木)家の近くの仕事で病院までは遠いので行かなかった 
 
10月10日(金)「熱は下がってるけど、常に監視していた方が良いので 
ICUに戻しました」と報告を受ける。 
父は、ちょっと疲れた様子はあったけど、喉の穴を自分の手で押さえながら 
小さな声でお喋りもした。帰る時にはバイバイと手を振ってくれたが弱め 
 
10月11日(土)仕事が1時間早く終わり、真っ直ぐと父の病院へと行き 
当直医と会って話す。(この人で3人目の先生。毎回違う) 
 
「自分の力で呼吸が難しくなったようなので、さいわいまだ塞がって無かった小さな喉の穴に差して、人口呼吸器を付けました。 
だから血も出ましたね。今はお薬で寝てもらっています。」と・・・ 
 
今までの経過を、父のカルテ(報告日誌)を見ながら、読んでるだけの感じ 
私の方が詳しくて、何度も口をはさんだ 
これから先の治療を話してくれるけど、人口透析の話とかまだまだ先の事を 
私は、そんな先の話より、今現在の事を知りたかったが聞くと必ずやんわりと答えからは逃げる・・・・・・・ 
まぁ~ 今すぐにどうこうなる感じではないのだなぁ~と逆に一安心した。 
 
「これから先、危ないと感じた時には数時間前から連絡が欲しいんですけど」とお願いをして帰ってきた。主人が仕事の帰りに寄ってくれて病院から20時前に出る。家ではいつものように晩酌もして、疲れていたのか22時には寝てしまった 
 
10月12日(日) 
AM0時10分頃に目が覚めて眠れずにTVをかけてパソコンも開き、ブログもつけてるけど、まさか考えもしなかったから普通に明るい話題(^_^;) 
 
AM2時46分弟から電話がきて「病院から電話が来た」と・・・ 
家族全員揃ってたので、皆逢う事が出来た(これは先生に感謝してお礼を言った。) 
5分位交代でICUに入って父に「頑張って!」と励ます。 
見て安心した。思ったよりは大丈夫かと・・・・実際弟は1回家に帰って 
着替えや本を取りに行って、病院で2、3日泊まる用意をしていた位だ。 
病院の中にある、宿泊施設を1部屋借りる。ツインの部屋で皆仮眠を取るが 
私は一睡も出来ずに、父の心配と仕事がどうしても休めない事と、13日の仕事を休みたいと連絡をしなきゃならない事と、頭がパニック(>_<) 
 
母の時も、義父の時も日曜日の朝・・・・そして今回も 
会社の事務所の人と連絡が取れて「13日の仕事は何とか行ってくれる人を探すから心配しなくてもいい」と安心させてくれた。 
 
AM6時 主人が子供達を連れて一旦家へ帰り長男、長女は仕事へ。 
私は先生から呼ばれてお話を 
「昨夜の話では、1日1日どうなるか解からない状態だという事は伝えておきましたが、今は明日まで持つかどうかって段階では無く、このまま薬や沢山の管を付けていても、本人が苦しいだけで身体もバンバンに浮腫んでくるので、もう外してこのまま本人の体力だけに任せようと思います。ご了承下さい。静かに付いててあげていいですよ」と言ってくれた 
 
6時から9時まではずっと父の手を握り、腕をさすり「父さん!父さん!」と・・・9時になり「仕事に行ってくるから帰ってくるまで待っててね」と声にしてお願いしたけど、私は心の中で最後のお別れを言った 
 
お店がオープンの3分前に弟からメールが入った。 
家に居た主人が次男と孫を連れて病院へ駆けつけて弟の手助けを 
 
私は涙も出ずに、いつもと変わりなく明るく必死に頑張って仕事をしてお昼休みも取らずに2時間前に終了する事が出来た。 
お店の担当の人に「今朝10時に父が亡くなったんですけど帰らせて貰えますか?自分の仕事は終わったので」と言うと「今日?今日なの?どうして早く言ってくれなかったの~?すぐそのままにして帰りなさい!」と・・・ 
ちょっと泣きそうになったけど我慢をした。 
連絡を入れておいたので主人が30分前からお店に来て待っていた。 
 
父は家に戻っていた。母の仏壇の前で。 
顔をみて本当に安心した なぜなら・・・笑ってるような優しそうな顔をしていたから「はぁ~~良かったね~父さん!もう何処も痛くないね~」と 
「ちゃんと仕事してきたからね~!偉かったしょう?私」と。 
「最期を看取ってあげれなくてゴメンね」とは言わなかった。父が望んでる言葉ではないと思うので 
 
元々は、 4日間便秘が続き出なくてお腹が痛くて、浣腸しても出ないし、 
「病院で浣腸したら楽になれる!」 
「腸閉塞の疑い?手術?切れば治る」と手術の承諾書にサイン 
誰もが元気で簡単に帰ってこれるものだと思っていたから、もちろん本人が一番そう思ってたはず(どうしてこうなってしまったのか) 
 
だから誰にも連絡はしていなかった。本人が「いやぁ~もう少し元気に喋れるようになったら呼んでくれ」といつも言うから・・・・ 
 
だから12日の朝は誰に連絡をしたら良いのか?でも何人かに電話をしたら 
そこから親戚中に伝えてくれて 
皆には「なんで教えてくれなかったの~?でも父さんが言うな!って言ったんでしょう?弱ってる姿も見られたくないし、皆に心配かけると思って遠慮したんでしょう・・・・?父さんらしいわぁ~私には父さんの笑ってる顔しか思い出されないもの」と全員がそういってくれる。 
父さんの作戦通りだね(*^^)v 3ヶ月前に皆とはちゃんと会ってるし 
 
7月末に母の一周忌を終えて、自分の役割もちゃんとして、あの日集まった親戚に元気な姿を焼きつかせてから、母のところへ逝ったんだと思う。 
 
仮通夜 普通に明るくご飯を食べてビールも飲んで、テレビを見ながら弟も一緒に笑いあっていつもと同じ賑やかさ・・・・ 
皆が寝て1人になれた午前3時 父の顔を見ながらお喋りをしていると涙が・・・拭いても拭いても涙が出てくる。楽しかった事が思いされて・・ 
 
写真の母に「大丈夫だから~~もう泣くんじゃな~い。よくやってくれたよ~、あとは母さんに任せなさい」と言ってくれてるようで私はスッキリとし 
みんなの朝ごはんのおにぎりを作る気持ちに回復!(^^)! 
その前に携帯を開いてブログを付けた。 
予定では葬儀の様子や仕出し料理やお弁当も写メするつもりだったけど、忙しくてそれどころではなかった^^; 
 
納棺の前の湯棺式は、写メに収める事が出来た。 
子供達はかなりアップの「爺ちゃん気持ち良さそうだ~」と笑いながら 
写してた。昔の人が見たら、静粛な場で、何とも罰当たりな事を!と思うだろうけど、叔父ちゃん・叔母ちゃん誰一人怒る人も居なくはやし立て、とても明るい湯棺式になった。私の携帯には昨年の母の湯棺式も納めてある。 
 
夕方髪を結い、着物を着せて貰い斎場の父の遺影に見せに行った。 
「どうだい?似合ってるかい?」と聞いてみた 
笑って「俺の方が格好いいべや~」と言ってるようだ。 
だって、父の遺影はピンクのボタンダウンのシャツに赤いネクタイ、グレーのジャケット!!何とも派手派手な遺影だもの~~^m^ 
でも、葬儀屋さんが何枚か手にして凄く気に入ってくれた写真。 
「最近は赤いネクタイでもOKだし、お洒落で何の手直しもしないでこのまま使いましょう!」と。父の兄弟や従兄弟も皆が口を揃えて「父さんらしい!派手で、笑ってていい写真だ!」 
不思議な事に、その写真は最近の写真なんだけど初めて見るし、周りに居る 
男女2人誰かも解からないけど・・・・それが弟が父の部屋に行って引き出しを開けたら1枚だけで置いてあったと(◎o◎) 本人の希望だった? 
お通夜は賑やかで朝まで交代で少しづつ睡眠もとれたと思う。 
私も2時間位みんなの前で寝てしまったけど、主人が私の髪が崩れては大変だと、私の頭を支えたり枕の向きを変えたりとしていたと、そうち疲れて私の足元で旦那も寝たわぁ~と、皆の笑い話にされた。 
 
14日(火)AM9時告別式10時出棺 
火葬場は早い時間だったので、待たされずにすぐ順番が来た。 
父の棺の中には、お洒落な帽子とジャケットをかけてあげた。 
1時間45分の間にお昼ご飯の寿司弁当。皆は朝ごはんをご馳走になったばかりでお腹がキツイ・・・と言いながらもちゃんと食べてくれた。 
 
葬儀場に戻り繰り上げ法要を終えて、親戚の皆さんには、仕出しお持ち帰り弁当、引き物、写真、お供え物やお花を分けて持たせた。 
見え張りの父だから、ちゃんと皆に笑われないように立派なお葬式を出してあげれたと思う。 
実家の父の家には、弟がこれからはひとりだけに・・・ 
皆に「もう結婚しなさい!」「いい人見つけなさい」と言われ続けていた。 
昨夜今日と親戚が泊まってくれてるので、私は自宅へ 
昨夜は久しぶりに7時間寝てしまい、主人のお弁当が間に合わず・・・ 
1年に3回あるかないかのコンビニ弁当になってしまうが、さすがに今朝は 
主人も怒らなかった。次男のお弁当は充分時間があり間に合った(^.^) 
 
今日はゆっくりするつもり・・・・洗濯と掃除を少々 
明日からは、暫く実家まで通う事になるので 
 
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ブログにお邪魔するのは初めてっすね。

じっくり読んでるうちに、まるで自分の親を失ったような気分になりました

なんも言えなくなっちゃいました。また、お邪魔します。
IKECHAN ..10/15 17:27(Wed)



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IKEちゃん ありがとう(^o^)丿
ヘヘヘ~~^_^; みんなに励まされて元気になったよ~♪

九州に住むメル友に「悔いのないようにお世話しましょう」とメールを貰ったの。
いつも父の身体をさすりながら、その言葉を思い出してた(感謝してます)

親は、子供の顔を見れるだけで嬉しいんだわぁ~ IKEちゃんも両親の所に遊びに行ってあげてね~(^^♪ 

テッチ ..10/16 6:04(Thu 
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by manekinntetti | 2012-08-29 22:36 | 旧ブログから(親の死・法要) | Trackback

お喋りと食べる事の大好きな兼業主婦テッチです。


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